竹藤の風習

竹藤の風習
先祖代々伝わる竹藤の伝統、風習など、これまで母が守ってきました。
嫁いだ立場で今さら守り抜くことも出来ませんが、後継ぎがいなくてもここにあった伝統を伝えていく為に母に聞いてまとめてみました。
理由は、わかりませんが行事に寄って同じような醤油汁でも大根や里芋の切り方が変わるのも珍しいのではないかと思います。

毎日(365日)

お稲荷様、お水神様、神棚、蚕養様、床の間、仏様、地蔵尊・虚空蔵尊(仏像)に毎朝、ご飯をあげる。
(お正月1~3日は、朝は餅、夜はご飯)

冬至

線大根(醤油汁)
千切り大根、油揚げを4分の1くらいに切って、1人油揚げの半分を食べれるくらいにしていた。
ネギを斜めじゃなくて5センチくらいにぶつぶつ

大晦日

○ざくざく
お芋はゴロゴロに大きく切って
小さかったら半分
大根は、4つに切ってぶつぶつ薄切り
人参4つか2つに切って
ごぼうぶつぶつ小さくてよい
青豆を少し入れる
ざくざくは、次の日も次の日も残るほど作った
○にんじんと大根のなます
すりおろして塩と酢をいれたもの
○塩引き(塩鮭)
○とうふだけの小さく角切りに切った豆腐だけの味噌汁

元旦朝

○若水
元日、最初の水をバケツに汲み、バケツの取っ手に半紙、紅白の水引で結ぶ。
元旦は、口をすすいだり、顔を洗ったり、歯を磨いたりに使っていた。
当時の台所が外と同じ気温で、水が凍ることも多くあまりの冷たさに、みんな嫌がって使わないので昭和52年頃にやめました。

正月(1~3日)

正月(1~3日)
○正月3日間のみ、銘々の食器は、ほぼ全て会津塗りの漆器になる。
箸も、割り箸や竹箸にそれぞれの名前を書いて、3日間は普段と違うものを使う。
1~3日朝
○もちのこ
短冊の大根
里芋たてにどんな大きさでも四つわり
油揚げを縦に1センチくらい
醤油味。
○あんこもち、納豆もちは、必ず

餅の日は、お昼なし
31日~3日に残った、ごはん、餅は全て4日のお昼の餅雑炊になる

1月3日

夜とろろ

1月4日

4日からごはんは、通常通り
4日昼
大晦日から3日残ったごはんは、4日のお昼にもちのこを作って餅雑炊

1月6日頃、寒の入り口

○つゆ
(冬至と同じ)線大根
千切り大根と油揚4つ切りと長ネギの醤油汁

1月10日

お正月と同じもちのこを作って朝、餅を食べていたが十日市に縁起物を売り始めた昭和48年忙しくてやめた
夜はも赤飯を炊いて夜にこづゆにしていたが、現在は夜のこづゆのみ続けている。

1月14日夜

今は、やめたが小正月で31日と同じ夕食でざくざくと塩鮭を食べていた。

1月15日朝

お正月と同じ餅を食べるがこの日は、お飾り餅を食べる。

○お正月と同じもちのこ
1月16日夜
そばを食べて神様、仏様にそばをあげる
2月の初馬
ざくざくみたいなのを作るが切り方が違う。
里芋縦にふたつ割り。
こんにゃく半分にしてぶつぶつ、油揚げ縦に1センチくらい、大根は四つ割りぶつぶつ(いちょう切り)

2月の初馬

ざくざくみたいなのを作るが切り方が違う。
里芋縦にふたつ割り。
こんにゃく半分にしてぶつぶつ、油揚げ縦に1センチくらい、大根は四つ割りぶつぶつ(いちょう切り)
本当は、スルメを入れていたが味が嫌いでスルメは、やめた

彼岸の入り口


お正月に残しておいた餅をあんこか砂糖を入れたゴマ餅にして仏様にお昼にあげる

竹藤・たけとう茶屋

天保12年(1841年) 会津最古の商業建築『竹藤』  城下町会津で江戸時代、武士町人が行き交う一番繁華街であった、一之町(現在中央一丁目)  会津の中心に当時のままの姿で、竹細工、土産物などを販売しています  会津唐人凧の店としても有名です 2020年5月 これまでの店だけでなく母屋を利用したたけとう茶屋がオープしました‼ 竹問屋時代の店舗と母屋 若松の商家、歴史資料スペースも現在準備中です

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